HAPPY NEW TEARS
(Morrissey/Whyte)
Bless you
君に祝福を
and happy new tears again
そしてハッピーニューティアーズ再び
That's tears of joy
それはうれし涙だ
you found your boy
お相手を見つけたんだね
and I'm happy so
それなら僕もうれしいよ
Other, other people's happiness is all I know
他人の幸せだけさ 僕が知ってるのは
It's all I know
他人の幸せだけ
It's all I know
それだけなんだ
It's all I know
それだけなんだ
Oh but sometimes when my heart is feeling tired
ああでも時々僕のハートは疲れてしまう
I wonder where is mine?
自分の幸せはどこだっけ?
Bless you
君に祝福を
and happy new tears again
そしてハッピーニューティアーズ再び
I'm nothing you could raise a toast to
僕は君が乾杯を捧げる存在なんかじゃない
I see it now
今ならわかるよ
The Cat on Morrissey's Head
++ モリッシーの頭上の猫
"Space is gonna thrill you,
Space could even kill you,
but Space will never love you like I do."
―
MORRISSEY "Fantastic Bird"
++モリッシーとシンクロするための"ACTION"ブログ++
2026/04/13
モリッシー"Happy New Tears"(あけましてお涙でとう)歌詞和訳
2026/04/10
Deluxe Notre-Dame 12inchレコード発売決定!
モリシーはノートルダム推しなのね!久々のフィジカルレコードだし、Pig Alleyとか他の曲にするかと思ったら再びノートルダム。お誕生日の5月22日発売だし気合入ってる!!収録されるノートルダムのオーケストラバージョンも楽しみ。モリコーネ風だったりするのかな。
この曲をシングルとして売り出すなら、もっとプロモ映像出した方がいいと思う。レコーディング風景、ライブ映像、モリシーがこの曲について語るショート動画などなど。
そして”HAPPY NEW TEARS”のデジタルダウンロードもシングル扱い?!
https://www.morrisseycentral.com/messagesfrommorrissey/new-releases
2026/04/05
モリッシーMake-up Is A LieーTrack#6 "Boulevard” レビュー②
モリッシー "Boulevard” レビュー①の続き
“オペラとしてのモリッシー” という視点が効いている傑作
“I'll take you both” のもっとも深い層の一つとして十分成立する解釈:
パブリックなモリッシー(舞台上の人物)
+
プライベートなモリッシー(恋人だけが知る人物)
その両方を引き受けるという意味ですね。
酒に沈むこの曲の主人公=パブリックイメージ=オペラ
という整理はとても鋭いです。
モリッシーは昔から:
悲劇の人物
敗者
殉教者
酔っぱらい
孤独な語り手
を舞台上の人格として演じる作詞家です。
つまり:
歌の ”I”=ステージ上のモリッシー
でもある。
そこに “both” が重なるとどうなるか
すると:
舞台のモリッシー
私的なモリッシー
両方を引き受ける
という意味が生まれます。
しかも直前には:
Face down so that I
may be correctly identified
があります。
これは現実の路上の描写でもありますが、
同時に:
舞台上の“死体のポーズ”
にも見えます。
つまり語り手は:
路上に倒れる人物
舞台で倒れる人物
両方になっている。
これは:
身元確認される死体
でもあり、
役として識別される人物
でもあり、
「本当の自分を見てほしいー(死んだあと)正当に評価される」
という願いにも読めます。
ここに:
I'll take you both
が重なると、
役としての自分
現実の自分
両方を引き受ける
というメタ的読みが成立し、
公的自己と私的自己の統合
として読むのがとても自然になります。
さらにこの曲の核心とつながる点
この歌は全体として:
都市
酒
神
星
恋人
という複数の「逃げ場」を提示します。
そして最後に:
どれか一つではなく両方
と言う。
だから:
希望と絶望
舞台と素顔
都市と恋人
役と本人
すべてを同時に抱える宣言としての both
という読みは、この曲の詩的構造にとてもよく一致しています。
モリッシーMake-up Is A LieーTrack#6 "Boulevard” レビュー①
#6 "Boulevard” (大通りよ)Morrissey/Whyte ★★★★★★
歌詞の奥深さではこの曲がNo.1!チャッピーにこの曲の魅力をまとめてもらいました:
モリッシー「ブルヴァード」はなぜじわじわ好きになる曲なのか
表面上はタイトルどおり boulevard(大通り) に語りかけていますが、
- I cling to you
- I made it to you
- no one will ever see me this close
- we have the stars, you and I
などの言葉は、道路に向けているにしてはとても親密です。
そのためこの you は、
- 都市
- 夜の通り
- 孤独を受け止めてくれる場所
- あるいは特定の誰か
として重なって読めるようになっています。
“I'll take you both” が意味するもの
印象的な
I'll take you both
という一行も、ひとつの意味に決まりません。
など、いくつかの読み方ができます。
特に自然に感じられるのは、
希望も絶望も両方引き受ける
という読みです。
この歌全体の雰囲気にもよく合っています。
“so hard” の面白さ
最後の
oh you're so hard
という言葉も印象的です。
ここには
- 舗道の硬さ
- グラスの硬さ
- 現実の厳しさ
- 都市の冷たさ
- 批判
- 性的なニュアンス
などが重なっています。
意味を一つに決めないところが、モリッシーらしい魅力です。
都市を恋人のように描く歌
この曲では boulevard がまるで恋人のように描かれています。
人に理解されないときでも、
都市はそこにいてくれる
通りは拒まない
そんな感覚が静かに表現されています。
だからこの歌は、
孤独の歌でありながら
どこか親密な歌でもあります。
そして聴くほどに少しずつ好きになっていく、不思議な魅力を持った曲だと思います。
モリッシーがよく使う「二重の宛先」構造
Morrissey の歌詞にはよくあるのですが、都市・抽象対象に語りかけているように見えて、同時に「誰か」に向けて読める構造がよく仕込まれています。
表の宛先:
- city
- nation
- God
- crowd
- street
裏の宛先:
- lover
- friend
- bandmate
- audienceの中の特定の誰か
- 過去の関係
- オスカーワイルドなどの偉人
つまり
「誰に向けているか確定できない」
こと自体が演出になっています。
ご指摘のラインは特にそれが強いですね:
I cling to you
I made it to you!
no one will ever see me this close
we have the stars, you and I
これらは boulevard に向けて読むには親密すぎるようにも読めます。
特に意味深なのはこの一行
no one will ever see me this close
これは boulevard に向けて言うには不自然な感じもします。
でも:
恋人
旧友
理解者
秘密の相手
に向けてなら非常に自然です。
しかも続く:
we have the stars, you and I
はほぼ完全に共有された関係の言語です。
さらにモリッシーらしい読み方をすると✨
この曲では
- boulevard(都市)
- bottle(酒)
- God(宗教)
- stars(希望)
- you(相手)
が全部ゆるく重なっています。
つまり:
都市に語っている
でも恋人にも語っている
でも聴き手にも語っている
でも過去の誰かにも語っている
という「重ね書き」の可能性があります。
むしろこの曲は boulevard を仮面にした “you” の歌 と言ってもいいくらいかもしれません。
