Joe Chiccarelliプロデュースの4作品の中で、このアルバムのサウンドの完成度が一番高いと思う。シンセポップへの路線変更は成功したし、このレコーディングチームでの集大成になったと思う。発売から3か月以上経ったけれど、4作の中では本作を一番良く聞いている。今回はメッセージ性が少なくて気軽な歌詞が多いので、ボーカルだけに集中してこちらも気軽に聴けるのがいい。
ただ歌詞を含め曲ごとに評価すると、今回SpentやJackyやHome is A ?やI Wish You LonelyやWorld Peaceレベルの曲が生まれなかったのは残念。BobbyもKnockabout WorldもLove Is On Its Way Outもいい線まではいったんだけど。シングルとしては弱すぎる。やっぱりモリシーの歌は一緒に歌いたいのよね、サビだけでもいいので。
本作でBMGとの契約は切れるそうで、これからがまた大変だ。でもこのプロデューサーとはこれが別れのタイミングだと思うので、心機一転新しいプロデューサーと良いレコード会社を見つけてほしい。ところで過去のアルバムを再発する話は進んでいるのかな。BMGを離れる前に何とか実現できますように。
1. Jim Jim Falls - ジムジム滝 (Morrissey/Jesse)
オーストラリアのカカドゥ国立公園にあるジムジムフォールズ。モリシーは実際に訪れたことがあるのかな。単に名前が気に入ったのかな。写真を見ると本当に美しい滝で、どう見ても自殺の名所ではなさそう。モリシーはそこに立っている誰かと自分に向かって、飛び込むならさっさと飛び込め、歌うなら歌え、生きるなら生きろ、自殺するなら自殺しろ、何も考えずに何も語らずに、とただ歌っている。オープニングにふさわしい心地よい疾走感。
興味深いのは"if you're gonna run home and cry, don't waste my time (君が家に逃げ帰って泣くなら、私の邪魔をするな)”のパート。"waste your time"とは歌っていないので、聞き手に対しての直接的なメッセージとして受け止めた。
2. Love Is On Its Way Out - 愛が消えてゆく(Morrissey/Gustavo)→対訳Youtube
→Official Lyric Video
1st シングル。フィジカルの発売は未定?!前半のグスタボのアルペジオ的(?)シンセは繊細で好き。”The Bullfighter Dies”もシンプルなメッセージソングだったが、こちらはよりシンプルでキャッチー。"elephants and lions"なんて、他のロックアーティストにはなかなか歌詞にできないでしょう。
後半は一転大胆な展開に。「愛が消えてゆく前にどういうものなのか見せてくれ」「時間をかけていいから俺のものになれ」ということですが、急がなくていいの?!あ、でも見つめる相手を間違えてるのね私たち?!
3. Bobby, Don't You Think They Know? - ボビー、バレてると思わない? (Morrissey/Gustavo)→対訳Youtube
この曲のマニアックな面白さを全国の洋楽ファンに伝えたい!
ひと言でいえばボビーという歌手にモリシーとテルマ・ヒューストン(モータウンのベテランシンガー)が「ボビー、バレてると思わない?みんな知ってる。私(たち)もわかってる」と繰り返したずねている歌なのですが、何がバレているのかは聞き手の想像にまかされています。ただ、次々と出てくる単語がほぼ全部コカイン関連の隠語なので、ボビーはコカイン中毒なのを隠していそうです。
面白くなるのはここから。これらの隠語はまさにピンキリ!「氷」「雪」など言われてみればコカイン連想させるよね?レベルの隠語から、「スパイク」「シャグ」などネイティブなら皆知ってそうなレベルの隠語、「メキシコの泥」「白い蚊」などドラッグディーラーなら知ってるかな?レベルの隠語、「ピューッ&馬」「雪の上のジョー」など誰も知らないでしょ、モリシー隠語辞典でも調べましたか?レベルの隠語まで、ずらりと列挙されているのです。可笑しいでしょ?
さらに可笑しいのは、歌の中ではモリシーもテルマもこれらの隠語は全部「もちろん知っている」ことになっていて、テルマがコール&レスポンスで、これらの隠語に対して「アーハー」とか「カモンナウ!」とか応えているところ。実際に彼女はこれらの隠語を知っていたのかな。R&Bの女王がよくこの歌詞を熱唱したな~と思わせるところも可笑しい。
でも、この歌の一番凄いところはこちらです。モリシーはボビーの感じている「責め苦」も分かるよと歌うのと同時に、ボビーの歌が自分たちに与えてくれた「よろこび」も称えています。そして「責め苦=torture」と「よろこび=pleasure」で韻を踏んでいるのです、気が付きましたか皆さん?責め苦とよろこびは対極にあるようで究極の同義語かもしれない・・・。モリシー深すぎる!
ボビーは誰だってかまわないけれど、私にはデビット・ボウイのような気がする。声もサウンドもレッツダンス辺りっぽいし。この曲、彼に対するオマージュなのでは?歌詞を抜きにしても、モリシー初のファンキーサウンドとパワフルなテルマのボーカルとの掛け合いを楽しめる秀作。
4. I Am Not A Dog On A Chain - 私は鎖に繋がれた犬じゃない - Morrissey/Jesse
アルバムタイトル曲。モリシーは元々犬じゃなく猫なのでは?という疑問もありますが、前作のカバーアルバムCalifornia Son収録のボブ・ディラン'Only A Pawn In Their Game'の中の"like a dog on a chain"の歌詞の影響ではないかと言われています。
この歌詞、ジントニックでもすすりながら書いたのか知りたいところ。グース、フリース、ニースなどなど、韻の踏み方が大胆すぎてメッセージの中身より印象に残ります。始まりのサウンドは若いころのモリシー風で懐かしいけれど、だんだんと言葉の拳花火が打ちあがって今のモリシーで終了する感じ。でもラストは最初のイントロに戻ってホッとさせられる不思議な曲。
この曲を含め何曲かリリックシートと実際の歌詞が一部違っている。予算の関係で初稿を修正できなかったのかな?こんなこと初めてなのでは?モリシーもこのことは承知してるよね?モリシー自身がこのアルバムではあまり歌詞に重きをおいていないということのあらわれなのかもしれない。
5. What Kind Of People Live In these Houses? - この家々にはどんな種類の人たちが住んでるんだ?(Morrissey/Jesse)
本アルバムではジェシが大活躍で様々なタイプの曲を提供していますが、この曲はこれぞみんなの好きなモリシーサウンド!という感じで好感が持てた。
でもモリシーがどこら辺の人々について歌っているのか、いまひとつピンとこない。洗濯物を外干ししてるんでしょ?ペダルスティールをフィーチャーしたサウンドでREMの'Man On The Moon'を思い出したのは私だけ?アメリカ南部の労働者階級の家族のことかな?
"They look at the television thinking their window to the world (彼らはTVを世界への窓だと思って見てるんだ)"という、モリシーしか書けない名フレーズも出てくるけれど、全体的にはもっとシンプルな歌詞にしてほしかったかな。この曲も韻を踏みまくって気軽にさくっと書いちゃいましたという感じがする。この曲もリリックシートと違いあり。
6. Knockabout World - どつかれワールド (Morrissey/Jesse) →対訳Youtube
→Official Lyric Video
本作はプロデューサーJoe Chiccarelliとの4作目ですが、今回いきなりシンセ路線に変えて大正解!とこの曲を聴いていると取り分け思う。事実過去4作中一番聴きやすいアルバムだし、彼らの凝ってる割には雑に聞こえがちなアレンジが今回は全然気にならない。この曲の出だしは最高!ポップでシングルにふさわしい!でもオチがとっても微妙…。いきなり話題を変えて"You're OK by me"→「歯並びいいしね」と歌っちゃうところが、まさに今の等身大のモリシーという感じがする。
Suedehead’のオチで”It was a good lay”と歌ったモリシーとこの曲のオチでYou're OK by me"と歌ったモリシー。この名フレーズが生まれた瞬間はどちらも直感で本人的にもリアルだったと思うけれど、第三者がみると明らかなクオリティの差がある。その差はたぶん本人が一番よく分かっていて、それを包み隠さず私たちに開陳している。ある意味真っ裸。そこが今のモリシーのもの凄い才能だと思っている。
7. Darling, I Hug A Pillow - ダーリン、枕を抱きしめてるよ (Morrissey/Mando)
→対訳Youtube
この曲ただいま絶賛偏愛中♡モリシーが今まで書いた数あるプラトニックラブソングの名曲の中でも、この曲は次のレベルに昇華しているかも。枕を誰かの顔のかわりにハグする中高年。それがモリシーだとしてもちょっとエロきもい…。ちょっとオペラ、ちょっとピュア、ちょっと可笑しいけど本気の歌詞がクセになる。歌詞カードには印刷されているけれど実際には歌っていない歌詞には「5500万年」云々と書かれている。とうの昔に亡くなった人へのラブソングなのかも、"My Dearest Love"パート2的な?バックボーカルの女性シンガーのエンジェルボイスも素敵。モリシーの声と良くマッチしている。
この歌はぜひ誰かにカバーしてほしい。男性ソウル歌手がいいかも。
8. Once I Saw The River Clean - かつてその川が透んでいるを見た(Morrissey/Jesse)→Official Lyric Video
少年時代のモリシーが地元マンチェスターの通りを祖母と一緒に歩いた記憶がモチーフの曲。T-Rexの"Metal Guru"が発売されたのは72年なので、当時モリシーは13歳。祖母が買ったのはタバコかな。
自伝には祖母とのエピソードがちょこちょこ出てくる。ズバリ書かれてはいませんが、モリシーと祖母との距離はあまり近くなかったのでは。モリシーの祖父は若くして亡くなっているので、祖母が事実上の家長的存在だったようです。頼れるけれど少しヒステリックな面もあったようで、少年モリシーは彼女の愚痴などを結構聞かされていたのではないかと想像してしまいます。祖母の存在がモリシーの女性観にかなりの影響を与えたのは間違いないでしょう。
少年モリシーの視点と現在のモリシーの視点が交錯して自伝の一節を読んでいるような気分になる曲。アルバム中一番完成度は高いかも。どことなくアイリッシュな曲調も良い。"I Thought You Were Dead"のトラッド調サウンド然り、ジェシのユニークな作曲能力を垣間見た気がする。歌詞は少し難解かな。タイトルのイメージもつかみにくい。シングアロングできるようなフレーズがあったらもっと人気が出たかも。
ところで、この曲に入ってる奇声(掛け声)は誰の声で誰のアイデアなのかな。何気に気になる。
9. The Truth About Ruth - ルースの真実(Morrissey/Gustavo)
「(トゥ)ルースはジョン!」と歌うモリシー。ジョンは一体誰なのか?!私はジョン・レノンだと思っているけれど、ファンの間でこの辺の議論がないのが残念。アルバムLow In High Schoolの”I Bury The Living”に出てくるジョンも私にはレノン以外は考えられないけれど真実はいかに。
近年モリシーは、オピニオンリーダー的な自分とソロになって政治的発言を連発していた頃のレノンを重ね合わせている気がする。発言し歌い続けるしかない自分(たち)の業についての真実の歌なのかな。誰か本人にこの辺りの真実についてインタビューしてくれないかな。
このアルバムの中ではこの曲と"My Hurling Days Are Done"、Low In High Schoolでは"In Your Lap"で、モリシーは今の自分の本音と苦悩を珍しく(?)ストレートに吐露している感じがする。今年のライブでシャツを投げながら「自分自身を止められないんだ」と言ったり、「これ(ライブ)は生活のためにやってるわけじゃないんだよ」とポロっと言っていたモリシーとシンクロする。
10. The Secret Of Music - 音楽の秘密(Morrissey/Mando)
どこかのインタビューでレコーディングではジャムらないと言っていたモリシー。この曲はスタジオでベースラインに即興で詩を乗せたような感じがするけれど、実際どこでこの歌詞が出てきたのかな。調子はずれのモリシー独りオーケストラ的な?登場する楽器たちが曲調とはまるで合ってないところが面白い。小説List of the Lost然り、モリシーのイマジネーションは時々全く解読不能。妙に無邪気ですごく大胆。
英語圏の一部のファンには不評みたいだけれど、私は結構好きでリピしてる。アルバムに一曲くらいこういう遊び心とだじゃれ満載の歌があってもよいと思う。 モリシーはステージでは毎回同じ演奏を好み即興的なことをしない(歌詞は一部変えるけれどそれくらい)が、今度このベースラインをマンドに弾いてもらって即興で歌詞を乗っけてみたらどうかな?えっ、絶対にやりたくない?
11. My Hurling Days Are Done - 投げつける日々は去り(Morrissey/Jesse)
(歌詞抜粋)
Oh time, oh time - no friend of mine
おお時間よ、おお時間よ ー 友達ではない
Oh time, oh time - no friend of mine
おお時間よ、おお時間よ ー 友達ではない
Mama, Mama and teddy-bear
ママ、ママとテディベアが
were the first full, firm spectrum of time
最初に満たされ、確固たる時のスペクトルだった
now my hurling days are done
今、私の投げつける日々は終わった
and there is no one to tell
そして誰も教えてくれない
and there's nowhere to run
走っていく場所もない
最後の三行が今のモリシーの本音だと思う。相変わらずモリセンでの発言は強気だし、このアルバムの歌詞にも全く迷い(推敲の跡)が見られないけれど、モリシーも60代に突入。これからの人生について色々と思うところもあるでしょう。
ちなみにアイルランドにはハーリングというホッケー+サッカーのような国民的人気球技(まだの方は動画検索してみてください!)があります。モリシーの人生はこの球技のようなスピード感があるのかな。
余談ですが、「ママ~」のあとボヘミアンラプソディを歌い出したくなるのは私だけ?
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